グレースブログ  年別アーカイブ:2014

江戸っ子店長のひとりごとだっぱい! – 解釈いろいろの一席 –

以前、地元で何かと大変お世話になっている方丈様の説法で忘れられない話があります。

 

「人が亡くなった時に息を引き取る、という言い方をするけど、

亡くなった方の息を誰が引き取ると思う?」と聞かれました。

突然のことだったので冷や汗をかきながら無い知恵全開で絞り出した答えが、

『お釈迦様ですかねぇ』でした。

方丈様はちょっと微笑んだ後、

「亡くなった方の息というものは、残された家族が引き継ぐんですよ。」

とおっしゃいました。

「その方の、つまり大きく言うと生命、生きてきた全て、生き方や仕事、

土地や家などの財産を残された家族が引き継ぐんですよ。」と説いていただきました。

その説法が忘れられず、たまに、いかにも自分の言葉のように

知ったかぶって人に説法なんかしたりしています。。

 

辞書で息を引き取ると引けば息が絶える。死ぬ。という意味になるかもしれませんが、

言葉には様々な解釈があり、こんな深い意味もあるんですね。

江戸っ子店長のひとりごとだっぱい! -満開全開の一席

いや~忙しいのでございます。

毎日バタバタなのであります。

春のお彼岸が終わり一段落かと思えば息つくシマ(・・)もなく『あっ』という間に

工程表がビッシリ埋まってしまいました。ありがたいことですが・・・

『お寺様にごあいさつ。っと、ん、こっちの霊園に工事着工の届けまだ出してないわ。

何してんの俺。あっ!現場確認今日だったぁ!!』ってな具合です。

墓石工事全開なのでございます。

そんな忙しい今日この頃、あるお寺の境内でふと目を上にやると

桜の花が咲き始めておりました。

遅ればせながらみちのくでもついに桜が開花したのであります。

『満開を待って写真撮っぺ』って思ってたら、若干散りはじめて

しまいましたが(尚且つ空曇ってるし)

何枚か撮ってきましたのでご覧ください。

 

注)わたくしはあくまで墓石屋であり写真家ではございませんので

写真に対してのクレームは一切受け付けできません。。

↓ 白河の有名な観光スポットである南湖にて。

↓ 同じく観光スポットの小峰城。 

↓ 市内最大の霊園、羅漢山霊園にて。

 

 弊社でご建立いただいた墓石の立体彫刻でも桜は一番人気で

多くのお客様が刻まれています。

          

         

          

今月の豆知識-意外な仏教用語

もうすぐ春のお彼岸です。

「お彼岸」という言葉は、悟りを開いた極楽浄土の世界を意味する仏教用語です。

仏教用語というと宗教的な特別な印象を持ちますが、実は私達が日常的に

使っている単語にも仏教に関連した言葉がたくさんあります。

今月はそんな“意外な”仏教用語をご紹介したいと思います。

 

 <仏教用語の一例>

 『愛』『挨拶』『あばた』『有難い』『一期一会』『印』

『有頂天』『うろうろ』『縁起』『億劫』『看病』『冗談』

『上品』『大丈夫』『脱落』『旦那』『内証』『皮肉』

『不思議』『退屈』『独りぼっち』『知識』『利益』『無事』・・・

等々、馴染みのある言葉が多いですが、

この中から気になったものをピックアップしてみました。

 

『うろうろ』

 「うろうろする」とよく言いますが、意味はあてもなく

あっちこっちに動き回ることです。

「うろうろ」を漢字で書くと「有漏有漏」となり、「漏」とは「煩悩」、

つまり「煩悩がある」という意味になります。

長い人生、人はあれこれと迷い、決断できずに苦しむこともあると思います

そんな時でも自分の行くべき方向をしっかりと定め、うろうろせずに

進んでいくことが大切だということでしょう。

 

『看病』

 病人に付き添って看病することですが、これも仏教からきた言葉です。

病人を看護することは仏教では重要な行いだったそうです。

ちなみにこの「看」という字は「手で触れて、目で見る」と書きます。

また、医療が発達していなかった頃の治療は、手を病人の患部に当てて

直していたそうです。

治療のことを「手当て」と言うように人の手には強いパワーが秘められて

いるのかもしれません。

 

仏教用語に限らず、語源を調べると言葉に込められている意味の深さに

気付かされます。

普段何気なく使っている言葉も、その意味を考えながら大切に使いたいものです。

江戸っ子店長のひとりごとだっぱい!-春まだ遠しの一席-

春彼岸のある弥生三月となりました。

とはいうものの、春の気配はゼロですが・・・。

そういえば、なんだか日が延びたか?

仕事終わりなのにいくらかまだ空が明るいような気がするぞ。

ってな程度ですかなぁ。

今朝も、出社の為に車に乗り込んだ際、昨日の飲みかけの缶コーヒーがあったので

勿体ない。ってんで飲もうとしたら凍ってました・・・。

シャーベットコーヒー?を飲みながらの出社にはまだまだ到底春を実感できません。

先月の大雪の影響がまだ残りなかなか工事が進まず、“やきもき”している今日この頃です。

 

お彼岸はお墓を建立していただいたお客様のご納骨のお手伝いが多くある時期です。

あくまで私個人の経験談ですが、家族が亡くなった時最初に

“本当に死んじゃったんだなぁ”と実感したのは納棺され、火葬される時でした。

身内の死を無理矢理受け入れさせられるような感覚だったのを覚えています。

その後、49日までは自宅に安置し、納骨の日がやってきました。

叔父に「お盆の時、道に迷わず帰ってこられるように、

お前が抱かえてやって道案内してやれよ。」と言われ車に乗り込みました。

お墓に着き、蓋があけられ骨壺を納骨する時、『本当のお別れだね』と感じました。

身内が火葬にかけられる時最初の‐お別れ‐があり、

納骨の時に2度目であり最後の‐お別れ‐の時が来たんだなぁ、と。

 

そんなご家族にとって特別な日であるご納骨

誠心誠意お手伝いさせていただきたいと思います。

今月の豆知識 その5・数珠

今月は数珠のお話です。

数珠は葬儀や法事など特別な時に使うイメージがありますが、

今回は数珠を持つ意味について考えてみたいと思います。

 

一年のうち、数珠を持つ機会はそれほど多くないように思えますが、

数珠は持ち主の魂の分身とも言われ、持っているだけで功徳があると

されています。

一人一人の身代わり(お守り)にもなる仏具で、これを持つことで

災いを取り除き、平穏や安らぎを得られるといわれています。

 

お寺での結婚式のときには、司婚者(住職)の方から紅白のリボンがついた

夫婦数珠が授けられ、新郎新婦は結婚式で数珠の交換の儀式を行います。

これは縁あって結ばれた二人の幸せを願う「寿珠(じゅず)」であり、

この儀式により深く仏様や仏様の教えなどを守り、お互いが尊敬しあい

拝み合う気持ちを持つように、との意味が込められています。

「嫁ぐ娘に 忘れず持たす 数珠ひとつ」という言葉もあり、

数珠は両親から娘の幸せを願った贈り物です。

 

また、成人式や就職祝いなどに社会人になったお祝いとして数珠を

贈られる方も多いです。

人生の節目に大切な方へ数珠を贈るのはとても素敵なことだと思います。

数珠は「念(おもい)」の「珠」で「念珠」ともいい、

法要の時だけのものではなく、お守りとして毎日身につけたい大切な仏具です。

 

誕生日や母の日、結婚記念日などに、感謝の気持ちを込めて

数珠を贈ってみてはいかがでしょうか。

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